養子縁組・国際離婚・無国籍の子どもなどに関する相談・援助を行う社会福祉法人日本国際社会事業団(ISSJ)~「国境を越えて愛の手を」~ 1959年9月厚生大臣認可
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相談者からの声

養子の声

7歳で養子縁組されたナオキくん
15年前、当時僕が住んでいた児童養護施設で、白髪頭の施設長が「ハロー マイ ネーム イズ ナオキ。ナイス トゥー ミーチュー」と教えてくれたのを覚えています。アメリカ人の養親との養子縁組が決まり、彼らに会う日でした。僕には週末里親がそれまでもいたので、息子のように可愛がってもらった経験はありました。でも、今回は全く違いました。僕の目の前に真新しい人生の幕が開けたのです。1ヶ月以内にまず東京に引っ越すということは、当時の僕が知っている唯一の「家」から出るということでした。僕が何でもやりたいことをできるように、新しい家族は機会と愛情を与えてくれ、また支えてくれました。

これから僕の新しい親になるまだ見ぬ人たちを待つ間、僕はとても緊張していました。座っていたベンチがひび割れて欠けていることだけを考えていました。とても怖かったのです。養子縁組がどういうことなのか、僕は知りませんでした。

「ハロー…マイ ネーム… イズ ナオキ。ナイス… トゥー… ミートゥ… ユー…」

突然、僕の新しい両親がにっこりと微笑み、僕を抱きしめました。僕は愛情に慣れていませんでした。

養護施設への帰り道では施設長が両親に話しかけてくれたので、僕はほっとしていました。僕の役目は終わったのだと思っていました。でも、ひそかに、もっと僕を見て欲しいと思っていました。

アメリカで育ったジョンさん
子ども時代を振り返ってみると、周りの人に自分が何者か説明するのが一番難しかったと感じます。第一印象では、私は2世のアジア系アメリカ人だと思われるようです。ただ、私の苗字を聞くか見るかしたときには、私の父が白人で、母がアジア人だといわれます。私の名前だけを知っていて、まだ会ったことがない人からは白人だと思われます。また、家族と一緒にお店やレストランに行くと、周りの人からの視線を感じました。私が友人に、両親やきょうだいを紹介すると、友人は不思議そうにしていました。赤ちゃんの時に養子になったのだと、説明しなければなりませんでした。

これまでの人生の中で、私は実親が実際にどういう状況にあったのか細かいことは知らないかもしれません。私が知っているのはただ、彼らが私をよい環境で育てる状況になかったということです。人種さえ違う赤の他人に、私を実子のように育ててもらおうと託したのは、辛く難しい決心だったと理解しています。

養子縁組という決断をしてくれた実母の強さと愛にとても感謝しています。同時に、実子のように育ててくれた養親にも感謝しています。多様で愛情溢れる家族のもとで育つことができて幸運でした。全ての人のおかげで、今いる私がいるのだと思います。

実母の声

去年電話でISSJにダウン症の子どもを手放したいと相談しました。

その後、関係がうまくいっていなかった夫とも離婚し、実家の両親にも世話になりながら、ダウン症の子どもを含む実子2人を自分で育てる決心がつきました。今はダウン症児の悠くん(仮名)は施設にいて、週末だけ自宅に戻ってきています。悠くんのお兄ちゃんも目に治療を要するので、まずはそれをしてから、悠くんをちゃんと引き取って育てたいです。

ひとつずつ地道にやっていこうと思います。今まで悠くんのことは周囲に隠してきたけれども、今年の年賀状にはその子も一緒の家族写真を載せました。今は2人ともとてもかわいいです。ISSJには何度も電話をして、相談にのってもらいました。今思うとその頃は、とにかく余裕が全くなくて、周りのことが目に入らなかったと思います。

ISSJのソーシャルワーカーと自分の気持ちを話せたことは支えになりました。ありがとうございました。

養父母の声

健太(8歳)の養母より
年長の子どもや過去に辛い体験をした子どもの養子縁組について、「色々難しかったけれども、やりがいがあることだ」というようなコメントをよく聞くかと思います。私は、これは逆だと思うのです。私が親として最大のやりがいを感じたのは、困難や危機があったにも関わらず、ということではなく、まさしくそれらがあったからこそのものなのです。例えを皆さんにお伝えしたいと思います。

8歳の健太が新しい家族の一員になってから、難しい日が何日も続きました。何があったとしても、毎晩息子を寝かしつけるときには「けんはいい子だね。明日はまた新しい日が始まるんだよ」と安心させるために言って聞かせました。通常、息子はそれを無視し、おもちゃで遊んだり、枕の下に顔を隠したり、また私の声を打ち消そうと叫ぶこともありました。息子が聞いているかどうかは分かりませんでしたが、毎晩同じ言葉を繰り返しました。

数ヵ月後、私にとって、「何をやってもだめな日」がありました。風邪も引いていたため、私は短気で怒りっぽくなっていたのです。その晩、息子に「今日は良いママじゃなくてごめんね」と謝りました。息子は「ママは良いママだよ。明日はまた新しい日になるよ」と返してきたのです。息子は聞いていないふりをしていましたが、実はずっと聞いていたのです。息子が私を安心させるために同じ言葉を使ったということが、どれだけ私にとって意味のあることだったか、言葉だけでは説明しきれません。

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