国際養子縁組のケース紹介
−血縁のない親子の養子縁組−


ISSJソーシャルワーカー 日原智秋

このケースは、12歳と7歳の息子を実子に持つ米国籍養父とベルギー籍養母に、ISSJが日本国籍の2歳11ヵ月の女児を託置したケースです。当初養親は、日本から養子を迎えることが可能であることを知らず、米国にある養子縁組機関を通して、中国から養女を迎える手続きをしていました。養親は、米国の養子縁組機関から彼らの家庭調査を日本にある養子縁組機関に実施してもらい、報告書を米国の機関に提出するよう求められ、ISSJに連絡を取りました。養親は、12歳と7歳の息子との年齢差を考慮し、受け入れる養子の年齢は乳児より3歳くらいの幼児を第一希望としていました。しかし、当初彼らが申請していた中国からの養子は、基本的に乳児であると米国の養子縁組機関から知らされていました。ISSJが養親に、日本からも子どもを養子とすることができること、日本では乳児より幼児あるいは児童が圧倒的に多い現実をオリエンテーションにて説明したところ、養親は彼らの希望に合うことから、中国からの養子をとりやめ、ISSJを通して日本からの養女の受け入れを検討し始めました。

ちょうど同じ頃、日本国籍である2歳の女児に適切な養親を探していたのですが、適切な候補者がいませんでした。この女児は、実母が知的障害者であることから、国内では養親が見つからず、児童相談所を通して、ISSJに国際養子縁組の可能性を探って欲しいと依頼があった子どもでした。ISSJは、養親の日本滞在が1年未満という問題がありましたが、養親の家庭調査の結果、この女児と最適なマッチングであると判断し、2006年10月に女児を養親に託置しました。通常ISSJは、養親の滞在期間が1年未満である場合、子どもの託置には踏み切りません。これは、養子縁組申立て、氏あるいは名の変更許可申立て、それら審判書の届出、養親本国での子どものためのビサ取得等の手続きに少なくとも1年程度の時間を必要とするからです。当初養親は、2007年の夏頃までには、日本を出国しなければならなかったため、ISSJとして異例の決断でした。託置日程を立てる段階では、養母の父がベルギーで亡くなったため、養母をはじめ家族全員の心理的状況を考慮に入れながら進めました。
 
養女の託置、適応は、とても順調に進みました。託置後、養子と7歳の実子との対立が懸念されましたが、養親の忍耐強い対応により、3人の子ども達は少しづつきょうだい関係を築いていきました。養子と実子の性別が異なること、養子の年齢が実子より若い点は、養子はもちろん、受け入れた家族全員が、新しい家庭環境に適応していくことに有利に働いたと思われます。養女は、家族全員から家族のベイビーとしてとても可愛がられています。適応期間中には、養父の父が米国にて他界しました。養子縁組手続きが未完了であったため、養父のみが米国での葬儀のため帰国しました。養親は、祖父に養女を会わせたいと強く希望していただけに意気消沈しましたが、養女との法的立場をよく理解し、冷静に対応しました。
 
懸念された家族の日本滞在期間は、幸いなことに、養父の転勤命令が延期されたため、家庭裁判所での養子縁組手続きはもちろん、養女のための米国のビザ取得手続きも完了したうえで、家族は日本を出国可能と見込んでいます。今回のケースでは、開始から様々な予期せぬ状況に遭遇したのですが、養親の努力と協力のためか、結果的には常に状況が好転したことに驚きを感じます。養子縁組の手続きは、常に関係者の人生全般に関わる過程であり、それゆえ予期せぬ状況に遭遇することを視野に入れながら、希望を持って前向きに取り組んでいきたいと思います。

(この事業は、日本自転車振興会の補助金で行われています)