フィリピンのケースから見る
「子どもの最善の利益」と親権
 

 

ISSJ評議員 大谷リツ子

「子どもの権利条約」の前文には「家族が社会の基礎的な集団。児童の成長及び福祉のための自然な環境」「児童は家庭環境の下で幸福、愛情及び理解のある雰囲気の中で成長すべき」と、家族、家庭養育の重要性が示されています。本文には子どもの親を持つ権利、家庭で親に育てられる権利、特別 な保護や教育を受ける権利等も挙げられています。親権者は「子どもの看護及び教育する権利を有し、義務を負う」と民法で規定されており子どもの権利を守るのが親権と考えられます。子どもの最善の利益を保障するために、親権が適切に行使されている家庭が望ましいということであります。

もし親権者が何らかの事情で適切に行使できない場合には、まず第一に親権者を支援することに全力を尽くします。しかしそれでも親権者による子どもの養育が困難な場合には、子どもの権利を守るために次の手段を考えなければなりません。子どもの年齢によって対応は異なりますが、子どもの人生の中で最も重要な意味を持つ乳幼児期の子どもに対しては特別 な配慮が必要であります。特に乳児は日々世話をして情緒的な交流をもつ大人を親と認識します。

子どもの正常な発達にとって重要なことは、継続的な情緒関係と、継続的な環境の影響と安定した外部との関係であります。近年世界的に養育者と子どものパーマネンシ−プラン(継続的、恒久的、普遍的)が重視されるようになったところでもあります。

もう一つ重要なことは子どもの時間感覚で、継続性が中断された時の時間は大人の感覚と異なり短期間であっても影響は大きいということです。親権者との親子関係を回復する事が出来ない時に、新しい親子関係を形成するにあたっては、子ども時間感覚を考慮に入れてできるだけ迅速にことを運ぶ必要があります。そのためには養親希望者の調査、選択は常に前もって済ませていなければなりません。このような手順はISSJでは常時なされております。
 




ケース事例 : あるフィリピン国籍児童の国際養子縁組

「フィリピン人女性が妊娠しているが、生まれる子どもの面 倒を見ることができないので養子に出したいと言っている」と、ある日、当事業団に児童相談所から連絡が入った。そこで詳しい話を聞くために、ソーシャルワーカーが本人と直接会うこととなった。

児童相談所の職員に連れられてやってきた女性Aさんは、年齢は20代。髪の長い、幼い感じのするフィリピン人女性だった。日本に来て既に5年経ち在留資格をもつが日本語はあまり得意ではないとのことで、当事業団のフィリピン人ソーシャルワーカーがタガログ語で話しを聞いた。それによると、Aさんは付き合っていたフィリピン人男性がいて、その男性の子どもを妊娠したが、その事実を告げた後,その男性と一切連絡が取れなくなり、今では行方がわからないとのこと。カトリックの信者であることから中絶はどうしてもできないので産むことにしたが、自分では面 倒を見ることができないので、子どもを大切にしてくれる両親揃った家庭へ養子に出したいと思っている、とのことであった。

ケース担当となった日本人とフィリピン人のソーシャルワーカー2名はその後も何回もAさんと面 接を重ね、フィリピンの家族の援助を受けて子どもを育てる可能性や、母子寮に入所すること等、まずは実母が子どもを育てることができないかについてよく話し合った。しかし、家族には妊娠のことは秘密にしてあるし、経済的にも苦しいので援助を受けられないこと、また飲み屋のバイトの給料はほとんど仕送りしているので、Aさんが子どもを育てるのは無理なことがことがわかった。子どもを出産した後も、出生届等の手続きの援助をしながら、Aさんの養子縁組の意思確認を行った。Aさんの意思が変わらなかったことから、子どもは養子縁組されることが最善の利益であると、当事業団は判断した。そこで、子どもの唯一の親権者であるAさんはフィリピンの養子縁組法に則って、「任意委託承諾書 (Deed of Voluntary Commitment=DVC)」にフィリピン大使館の弁護士の面前でサインをした。これは実母にある子どもの親権がフィリピンの社会福祉開発省(Department of Social Welfare and Development=DSWD)へ移行することに同意するとした、養子縁組の承諾書である。このDVCをサインした後も6ヵ月間は実母(親権者)が養子縁組を取りやめることが出来るので、6ヵ月後に有効になることもAさんに説明し、6ヵ月たち、Aさんが意思を変えることがなかったので、DVCは法的に有効となった。

当事業団は子どもがフィリピン国籍であることから、DSWDに子どもの詳細なレポートや書類を送付した。DSWDはまずはフィリピン国内での養子縁組の可能性を調べたが、適当な養親がいなかったため、今度は国際養子縁組委員会(Intercountry Adoption Board=ICAB)で、縁組の可能性が調べられた。その結果、当事業団を通してICABへ養子縁組の申請を行っていた日本在住のカナダ人夫妻が選ばれ、子どもはマッチングされた。子どもはその後その夫妻に引き取られ、養親の居住地カナダの裁判所を通 して養子縁組は成立し、子どもの変更出生証明書(Amended Birth Certificate)の取得も無事に済んだ。子どもは現在、新しい家族とともに幸福に暮らしている。


(このプログラムは日本自転車振興会の補助金で実行されました)

 



事例を見ますと、ISSJのワーカーはまずAさんと何回も面接を重ねて、実母の子どもを育てられる可能性を検討しています。次に養子縁組の意思確認をします。生みの親(Biological Mother)は子どもを出産する事によって親権が与えられますが、この権利は正当な理由と手続きを経なければ容易に移すことはできませんが必要があれば、養子縁組をするために実母の親権を政府機関(DSWD)に移る援助をします。実母には、意思確認のために6カ月の思慮期間のあることの説明もされています。次に実母の母国フィリピンでの国内養子縁組を検討しますが適当な養親がいないため、国際養子縁組委員会とISSJとの協働のもとに日本在住のカナダ人夫妻と養子縁組が成立しました。この間ワーカーは、出生届、国籍確認の手続きをはじめとして、実母への支援と子どもの最善の利益のために、原則に沿って地道に新しい親子関係の樹立に努めています。

どの国にも法律によって親権の規定があります(日本は民法、フィリピンは家族法)。親権は子どもに対する親の権利であると同時に義務であり、単に親の権利と理解するのは正しくありません。親権者としての義務を放棄しながら権利を主張する事によって、時には国籍の問題もからんで、乳幼児期から長年施設生活を余儀なくされている子ども達の多い日本の現状は、大いに検討の余地があります。また、オーバーステイの実母が出産後子どもをおいて長年行方不明になっていたため子どもは日本の施設で養護されいていたが、母親が摘発されたために、母親の強制退去の際に、子どもは今までの養育者との関係を中断して、時には初めて見る実母と共に強制退去せざるを得ないという事態があります。なかには実母が母国で養育する意思が希薄なケースもあり、それが果たして「子どもの最善の利益」にかなっているのかどうか今一度考えてみる必要があるのではないでしょうか。