ISSJ50周年記念式典講演
「平和と健康―紛争による地域社会の破壊について」
日本赤十字九州国際看護大学教授
喜多悦子
皆様、日本国際社会事業団の50周年に当り、心からお祝い申し上げます。また、記念すべき会で、お話させて頂くことを大変光栄に存じます。私は、過去15年間、日本のODA、また、ユニセフやWHOでの勤務を通 じて、アフガニスタンを始め、カンボジア、アフリカの大湖沼地帯国(the Great Lakes Region)やスーダン、ソマリア、西アフリカ、さらにコソボ、東チモールなど、多くの紛争国にかかわる機会を持ちました。本日は、そのような紛争地帯の人々の健康について、また、健康に及ぼす紛争の影響、さらに平和とは一体どんな状態なのか、現場で感じたことを交えながら、考えを述べさせていただきます。
ところで、戦争とはどんなものでしょうか?戦争の性質は、時代と共に変わっています。中世までは皇帝や王の戦いであり、近世になって、それは国と国の対峙となり、ここでは専門の訓練を受けた軍人(military)が、生活の場からは離れた戦場で相闘うようになりました。
これらの時代には、個々人の治安に対し、国家がそれを補償する役割を持っていたと見なせます。国家の安定は国民の治安、つまり生命を護る基本であり、それを破るもの、すなわち国家を破綻させる大きな原因が戦争であると考えられていました。戦争が、国民の生命と生活を脅かすことは、今も事実ですが、このような時代には、国民の安寧(well-being)は、大いなる国家の発展であり、それは経済開発にゆだねられる。したがってそのための援助が重要と考えられたが故に、国際社会は膨大な開発支援を行ってきました。
確かに、開発協力は多数の国で国民総生産(General National Products, GNP)を伸ばしました。GNPの変化と1000人の赤ん坊が1歳までに亡くなる数である、乳児死亡率(Infant Mortality Rate, IMR)の相関を見ると、GNPが増えると子どもは死ななくなります。注意すべきは、統計上は、GNPのわずかな増加で、乳児死亡率は激減します。一方、GNPが10,000ドルを超えるようになると、あまり、劇的な変化はなくなります。先の乳児死亡率の変化は、平均寿命(Life Expectancy)に大きく反映します。1950年代から90年代にかけて、世界のどの地域でも、平均寿命は延びました。中国の場合は、70年代から80年代にかけて、伸びは著しく、かつての先進工業化国(industrialized countries) との差(gap)は小さくなっています。しかし、サブサハラ地域の平均寿命は、約10才伸びたものの、先進工業化国との差は縮まっていません。
サブサハラの一部、アフリカ中央部の大湖沼地帯国と総称される国々の20世紀末の状況です。大湖沼地帯国に属するのは、ブルンジ、コンゴ民主共和国、旧ザイール、ケニア、ルワンダ、タンザニアそしてウガンダです。これらの国々は、第二次世界大戦後、それぞれ、かつての宗主国から独立を果 たしました。1960年だけでも16の国が独立したアフリカですが、希望の10年といわれた輝ける60年代以降、 様々の国際社会の介入にもかかわらず、あるいはそれがゆえに、必ずしも、現地の人々が期待していたような発展には結びついていません。ケニアとタンザニアを除く、4ヵ国には、しばしば紛争が起こっていますし、ケニア、タンザニアは、それらの国々や他の地域からの避難民を多数受け入れています。ケニアを除き、GNPが250ドルを超えた国はありません。ちなみに、日本のGNPは2000年に37,000ドルです。
日本では、平均寿命が約80才、1000人の子どもが5才の誕生日までに死ぬ 数である5才未満児死亡率(Under 5 Mortality Rate)は5、同じく1才までに死ぬ数、乳児死亡率(Infant Mortality Rate)は4、また、10万の出生当り、何人の女性が亡くなるかという妊産婦死亡率(Maternal Mortality Rate, MMR)は8に過ぎません。大湖沼地帯の国々では、すべての人々が病気な訳ではありませんが、日本や他の先進国でなら、命を落とすこともないような感染症や病気、また、妊娠・分娩が、多数の子どもや女性の生命を脅かす原因になっているのです。
1994年に発生した、第二次世界大戦後最大の人道的危機(humanitarian crisis)といわれたルワンダの緊急事態(emergency)で、国を離れて、隣国、当時のザイールへ多くの人々が避難しました。冷戦構造が終結した1990年代以降、世界各地には、地域武力紛争(Complex Humanitarian Emergency,CHE)と呼ばれる紛争が増えています。
地域武力紛争, 複雑な、人道的緊急事態と呼ばれるものの実態は、「宗教や民族の違いを背景にした内乱、戦争を含む住民同士の武力紛争で、避難や食糧不足から、多数者の健康が侵され、過剰の死亡が発生する、比較的旧制の状況(Emergency situations, emerging from religious and/or ethnic turbulence, affecting large civilian populations which, usually, involve a combination of factors including war or civil strife, food shortages, and population displacement, resulting in ill health of majority and significant excess mortality)」と難民保健の第一人者、Dr.Michel Tooleらによって定義されています。
2001年度に、人道的事態を扱う国連人道問題調整官事務所(Office of Coordinator for Humanitarian Affairs, OCHA)が扱った国や地域は、多くのアフリカ諸国、ヨーロッパでは、北アイルランド、コーカサス、南バルカン、南西アジア、ロシアのチェチェン他、南西アジアのアフガン、アジアでは東チモール、中米そして特殊な例ですが、イラクや北朝鮮があります。世界の紛争地図と云ってもよいかと思います。
地域武力紛争を説明します。低開発、貧困それに政治的な不穏状態と民族的あるいは宗教的な対立など、人々の間に不公平感があり、何かのきっかけで、小さな対立、紛争が起こります。実際にアフリカで聞いた例では、遊牧の家畜一頭が盗まれたとか、水のみ場を争ったといったことなどもあるようですが、それが巧く解決できないと、地域の権力者や政治が介入し、人々が武器を持って争うようになり、次第に、大きな継続する憎しみとなり、潜在していた民族や宗教の違いによって、色づけされ、取り返しのつかない事態に到るといいます。決して、毎日、戦っているのでもなく、国中が戦争している訳でもありませんが、決して、平和ではない状態が、延々と続いている。そんな国、地帯が、実は、沢山、あります。そして、現在のアフガニスタンを考えて頂くと、理解しやすいのですが、当事者間で、国際的な支持を得た和平案や復興計画が合意されても、すんなりと回復過程には入りません。行きつ戻りつ、きな臭い状態に留まります。不穏な時期には、開発協力はあまりなく、緊急事態での援助は派手であっても長続きせず、復興支援も、継続的ではありません。
国と国の戦争ではなく、国の中で住民同士が争う地域武力紛争には、いくつかの特徴があります。まず、集団殺戮や民族浄化といった人権問題が、必ずといっていいほど起こりますが、なかなか、外部社会には見え難いのです。つまり、気が付いてみると沢山の同胞が殺されていた・・・ということになります。例えば、先ほどのルワンダの危機の後ですが、発掘された多数の骨に混じって、眼窩(orbital cavity)から後頭部に向け、ナイフが刺さったような頭蓋骨が存在したことで、異常な殺戮があったことを示しています。
地域武力紛争は、国家間の戦争ではなく、人々が現に住んでいるところや、農業や牧畜など、日々の仕事の場が戦場となり、したがって、生じる犠牲者も住民自身であることにつながります。そして、紛争が起こっている地域社会は物理的にも機能的にも崩壊して行きます。さらに、このような紛争が続いている国では、政府が崩壊していたり、あっても機能していなかったり、また、権力者、それも武力を持った為政者が複数存在していたりして、通 常の国家の形態を通じた関与は困難であります。また、先に申しましたルワンダや現在のアフガニスタンを見ても、PKOや軍隊など、行使しないまでも、武力を備えた介入を要することも、これらの地域紛争の特徴です。さらに、国際保健(International Health)や開発協力(Developmental Assistance)の立場から申せば、援助者の治安(security)が脅かされるという事態も多く、助けを必要とする人々が存在するにもかかわらず、また、救援の意思があっても、それが適わないという、異様な状況も起こります。地域武力紛争が、健康に与える影響についてお話します。まず、直接的には、武力行使から、生命の喪失、外傷とその結果 として障害があります。避難民の間に病気が広がったり、避難地に新しい病気が発生したりすることもあります。レイプや、輸血といった医療行為を通 じてエイズが感染させられたこともあります。生命の危機を避け、医師や看護師、また、指導層が国を離れることもあります。その他、保健医療の施設や機器、学校、訓練施設が破壊されたり、予防やサーベイランス、また、健康教育(health education)の機能が破壊されます。
1990年代末、WHO本部の緊急人道援助部(Department of Emergency & Humanitarian Action, EHA)で勤務した時のアフリカの状態ですが、コレラ、髄膜炎(meningitis)、Rift Valley熱などの感染症はアフリカ中央部のGLR、ソマリア、スーダンなとアフリカの角(Horn)、リベリア、シエラ・レオネ、ギニアなど西部アフリカ、また、南東部のモザンビーク、南西部のアンゴラなど、いずれも、紛争が続いているか、いた各地に発生しています。次に、コンゴ民主共和国のお話をしますが、この真中の国であることを覚えておいて下さい。
具体的な病気と紛争の例を関係についてお話しします。Monkey poxは、1959年、名前のように、猿で見つかった感染症ですが、それから約10年後の1970年には、ヒトでの例が見つかりました。その後の十数年に、十数例、つまり、毎年1例位 の割合で、ヒトに増えていました。一方、1980年、天然痘という病気は、地球上から一掃されました。旧ザイールでは、1992年頃から国内の混乱が始まり、1996年頃まで、この新しい感染症の疫学調査(epidemiological surveillance)は中断していました。クデーターで国の名前が変わった後、WHOが体制を整え、新たに調査を始めた1998年頃には、1000名以上のヒトが感染していたことが判りました。この間に何があったのか?私の親しいコンゴ人疫学者(epidemiologist)、ジャン・ジャック・ムエンベは、いくつかの理由を推定しています。「まず、地域紛争(CHE)によって、保健施設が破壊されたり、専門家がいなくなったことによって、実態が判らなくなったことは確かだ。だが、それ以上に、混乱を避けるために熱帯雨林に逃避した人々が、サルと接する機会が沢山あったのだろう。」と。実際、アフリカの各地では、野生の動物とヒトが、手を伸ばせば触れある距離で共存しています。サルと接すること、あるいは、サルを食べることも有りえたでしょう。幸い、天然痘とサルポックスのウイルスは、共に遺伝子学的に、まったく別 のものだと解明されています。しかし、微生物は異種(species)を超えて動くことにより性質を変える可能性があり、環境の混乱によって、ヒトと動物が身近に接することのリスクは大きいと思います。
紛争と保健サービスの関連を、もう一つ、申します。これもコンゴ民主共和国です。この国は、ダイヤモンド、コバルト、銅、ウランなど自然資源が豊富ですが、とても貧しいのです。人口は5,200万ほどですが、200を超える民族からなります。9ヵ国と国境を接していますが、特に、東部は、北からスーダン、ウガンダ、ルワンダ、ブルンジ、タンザニア、ザンビアの6ヵ国が並び、この内、タンザニア、ザンビア以外は、それぞれが国内に民族的紛争を抱えており、政治的にも、民族的にも問題が起こりやすい状況にあります。この表は、1990年代の東部での地域紛争によって、妊産婦死亡率や乳児死亡率が上昇しました。医療品の欠乏と人材不足が著しいと嘆くWHOの母性保健担当官の意見もさることながら、私は、厚生大臣の言葉を興味深く聞きました。大臣は、そもそも、日本に比べようもない貧しい保健体制だが、紛争によって、著しく悪化したのは、物理的なことだけではない。妊娠や分娩、また、子どもの病気は、地域の住民にとっては大事なことで、紛争がなければ、人々が助け合って、医療施設にも運べた。だが、近隣の仲間として暮らしていた違う民族の人々が、対立するようになって、お互いに手を出せなくなってしまった。地域の連帯が無くなったことの結果 です。地域武力紛争による施設や物の破壊、知識や知識人の喪失は重篤です。しかし、健康に与える最悪の影響は、文化的なものといえると、私は、しばしば、紛争地で実感させられます。武器の蔓延、暴力や破壊への慣れ、復讐の文化の形成と、逆に、それまでの伝統や習慣の中断、喪失。そして、家庭や地域社会の崩壊は住民、国民としての価値感(identity)を喪失させています。子どもが育って行く上で、不適切な環境を作っています もう少し、病気と紛争を見てみます。エボラ出血熱(Ebola hemorrhagic fever)があります。アフリカにはたくさんの出血熱があり、いずれも的確な治療法がない上、なぜ、ある日、突然流行し始めるのか、判っていないという、医学的な問題があります。しかし、例えば、1994年、当時のザイール、現在のコンゴ民主共和国のキクイットでエボラが大流行した時のように、600キロ離れた首都キンサシャに、その流行の情報が達するのに、何と4ヵ月もかかったという別 の問題があります。600キロというのは東京と大阪、日本でなら有りえない事態です。なぜか? 紛争により、道路や通信が中断されているだけでなく、隣の集落について互いに手も口も出さない・・・のが、当たり前、ということもあります。エイズは、紛争と同じように、地域社会にとって、重篤な問題を持っています。
アフリカのエイズですが、2001年だけで、死者230万(宮城県の人口が236万)、新たな感染者が340万(山形125万、福島213万)、合計感染者が2800万(東京1200万、千葉590万、神奈川850万)、現在の平均寿命は47才と推定されていますが、HIV/AIDSがなければ62才に伸びる可能性があります。地域開発の担い手である成人層が激減しているところもあります。エイズは、医学的にはウイルスの感染症にすぎませんが、個人的にも社会的、経済的にも、国や地域社会の開発にかかわる重篤な問題になっています。
さらに、これはアフリカの紛争地区で実感したことですが、HIV/AIDSは、その病気ではなく、それをもっている人の人権問題であり、また、エイズ患者を持つ家庭が見捨てられたり、エイズで両親を失った子どもを地域社会がケアしないなど、武力紛争と同じように、家庭や地域を崩壊させていることです。つまり、地域紛争(CHE)やHIV/AIDSは、文化や伝承を破壊し、人々を精神的に、きわめて不健康状態に追いやっていると云えます。紛争国では、現に戦いが在る無しによらず、どこに行っても武器が蔓延しています。.いずれのアフガン関係のホームページからですが、子ども達、特に男の子は、銃をおもちゃに、残虐なことに慣れ親しんで、 育てられ、育っています。希望のないところ、そこには、また、ゆがんだ気晴らしがはびこります。地域紛争だけではありません。新しい人為災害としてのテロも、増えています。
そして、それ犠牲は、決して、他人ではなく、自分の生命や健康は、地域紛争、HIV/AIDS、テロ、さらに環境破壊など、いつ何によって脅かされるか判らないのです。世界的に見ますと、確かに、アフリカには、紛争、自然災害、感染症、何でも在りですが、私は、それらが悪循環を無し、人々の心を荒廃させていると思います。私たちは、生まれる場所や時期を選べません。しかし、これはユニセフの世界子ども白書(State of the World’s Children 2000)の資料を元に作ったのですが、世界の金持ち10諸国と、貧乏10の差は、実に大きいのです。もし、私たちが、貧しい国に生まれれば、GNPで211倍、乳児死亡率は40倍、妊産婦死亡率では、何と120倍もの不利を押し付けられるのです。では、どうすればいいのか?ここに有名なグラフがあります。横線は女性の識字率、たては乳児死亡です。右に行くほど、字を読める女性が多く、下に行くほど、子どもが死ななくなります。つまり、読み書きできる女性が増えることで、子どもは死ななくなるという、1980年代に明らかにされた有名な事実です。ウガンダの村では、女性が開発されれば、乳児死亡率は下がり、合計特殊出生率も下がり、妊産婦死亡率も下がることが明らかになって女性の開発、能力強化に対する支援が広がりました。今では、ジェンダーの考えは、開発協力の基本です。大湖沼地帯の国々の識字率は、それほど悪くありません。ただ、いったん、小学校に入っても、5年目には落ちこぼれてしまいます。さらに、より上の教育を受ける機会は少ないのです。その日暮を余儀なくさせる紛争や、生活の基盤を揺るがすHIV/AIDSが、人々の希望を失わせているかもしれません。国連開発計画(UNDP)による、人間開発指数(Human Development Index, HDI)は、これらの国では、軒並みに低いのです。
複雑な民族構成は、複雑な言語体系や宗教に反映されれいると思いますが、ヨーロッパの先進国には、複数の民族が、複数の公用語を持つ国も稀ではありません。不可能ではないないと思います。これはアフリカの、電気もない村でみた女性の集まりです。これはアフガンの難民キャンプの学校、これは、今年の3月のアフガン カブールの窓ガラスもない学校のクラスです。これからは、個々の人、特に女性に焦点を当てた、教育、能力強化による人間開発が、地域を安定させるのではないかと思います。アフガンの廃墟で、一人の少女と会いました。この少女のこれまでの一生が、戦い、暴力に明け暮れていたとしても、これからの長い一生が、平和で健康であることを祈って、私の発表を終わります。
ご清聴ありがとうございました。