ISSJ50周年記念式典
理事長挨拶
 

 

ISSJ理事長 衛藤征士郎


皆様こんにちは。私は、当事業団理事長を務めます衆議院議員衛藤征士郎でございます。

本日は、「ISSJ設立50周年記念式典」にかくも大勢の皆様にご参加いただきまして誠にありがとうございます。

想い起こしますとわが国の敗戦による混乱の中で、東京の中に善意の人々が小さな灯りをともしました。“いわゆる混血児”の救済に目を向けて当事業団の前身である「日米孤児救済合同委員会」が発足したのです。昭和34年に名称を「社会福祉法人日本国際社会事業団」とし、今日まで国際福祉民間機関としてさらにその小さな灯を守り通 してまいりました。

この間、混血児への偏見、養子縁組の制度的困難、難民受入れの拒否感という厚い壁にぶつかりながらも、スタッフはこの仕事に打ち込む情熱と愛情を先輩達から受け継ぎながら、文化、信条、民族、人種の隔たりを超えてその使命を果 たして参りました。

このように、半世紀もの間途切れることなく活動を続けてくることが出来ましたのも、本日ご来場下さいました皆様はじめ、本日お越し頂いております厚生労働省、外務省、UNHCR、児童相談所等公的機関や児童施設等私的機関さらに、団体や個人会員の方々、さらにボランティアの方々など多くの皆様方の暖かいお励ましとご支援があって初めて出来たことであります。この場をお借りして、改めまして役員、職員一同厚く御礼申し上げます。

私も理事長職の就任に当たりただ今申し上げましたような説明を受けましたのが、昨日のことのように想い出されます。その時の説明で、脳裏に記憶しておりますのは、なんらかの理由により親子が一緒に生活できなくなったとき、子ども達に新たな暖かい家庭を与え、実母の傷ついた心はカウンセリングによって癒し、養親には新しく迎えた子どもとの適応が、上手に出来るよう相談にのり、養子が実母に会いたいと希望したときには、親子の再会ができるように、実母を探すということでした。このような人の心を大切にした息の長い援助が、福祉の専門教育を受けた女性たちによっておよそ半世紀もの間行われてきていることに驚きを感じずにはいられませんでした。さらにそうした地道な活動に初代理事長松田竹千代、二代目理事長安井謙、三代目理事長奥田敬和というそうそうたる経歴の国会議員が、全くの善意のみで理事長として活動に実質参加していたという事実でした。

私も国会議員として、四半世紀(25年)の年輪を刻んでおりますが、国家は一人ひとりの「人」の集まりでございます。「人」を大切にすることの尊さに思いをはせ、弱者である子どもや女性、さらに難民の方々など生活上の不自由・困難な中にある人達が、幸せを感じることが出来ますように、微笑みがあふれるような国家、時代を創り出せるように、努力を惜しみなく続けて参ります。

これからも、”person to person”の人格的かかわりを築きながら、グローバル化されていく世界の中で時代を見据えて、真の国際化への新しい道の一端を切り拓いて参りたいと思います。

どうぞ今後とも当事業団に愛情と、ご指導とご支援を頂きたくお願い申し上げます。