| 国際家族への援助活動 - タイ国籍の子どもの養子縁組をめぐって - |
国際養子縁組のために、養子として子どもを国外に出す国と、養親がその子どもを受け入れて育てる国とがあります。日本は、1978年以降インドシナ難民としてベトナム、ラオス、カンボジアの子ども達を里子として受け入れ、今日では、中国、韓国、フィリピンをはじめとして多くのアジアの子ども達を養子として受け入れるようになりました。しかし、50年前は日本から子どもを養子として海外に送り出していました。アジアの国々では養育者を自国で見つけることが出来なかった子ども達は、今なお、年間かなりの数海外で育てられています。タイもそういった国のひとつと言えます。
タイは、国として子どもの養子縁組の手続きを政府の機関、すなわち公共福祉局(The Department of Public Welfare=DPW)の中にある養子縁組センター(The Child Adoption Center)が指導管理しています。ですから、タイ国籍の子どもは、月2回行われる児童審議会で養親との組み合わせを承認されなくては養子縁組されることはありません。そのため子どもは養子になる条件を備えているか、養親は養子を育てる家庭を子どもに将来にわたって提供できるかについて、審議会の面 接を受けることになっています。
ISSJに、タイ国籍の子どもの養子縁組手続きの依頼が入るようになったのは、1980年後半頃からです。最初は、日本人夫とタイ人妻とその妻の実子(連れ子)を養子縁組するというものでした。必要書類の中で最も大事な「家庭調査書」を我々が作成するにあたって苦労するのは、日本語で上手に表現できない妻からの情報収集です。日本人夫の理解と協力なくしてこの手続きは完成しません。のんびり構えていますと3年も4年もかかってしまいます。そのため、妻の実子の場合には、子どもを呼び寄せ同居しながら養子縁組の手続きをします。しかし、それ以外の「親戚 の子ども」や「血のつながらない子ども」の場合は、日本に入国できたとしても長期滞在できるビザがないので、手続きに時間をかけられません。
1995年頃から、ISSJに家庭裁判所とタイ大使館経由で「養子縁組」に関する問い合わせが増加し、3年前から、年5回のオリエンテーションを実施して対応しています。2001年6月にタイ大使館発行の「生活マニュアル」に養子縁組に関してはISSJに問い合わせるようにと記載されました。手続きについてもタイ本国とのやりとりも手紙だけでなく、電話、FAXやEメールを駆使しています。現在、手続中のものは40ケースで、Relative(親戚 の子どもの養子縁組)8ケース、Non-Relative(血のつながらない子どもの養子縁組)6ケース、残り26ケースが、Step(連れ子養子縁組)です。
最近は、「親戚の子ども」やオーバーステイの母親から生まれた「血のつながらない子ども」を養子縁組するという数が増えています。また、タイの施設にいた子どもを日本人夫婦が引き取り、養子縁組へ手続き中のケースもあります。これらを見ますと、日本でも家を継ぐという古い伝統から子どもを中心とした新しい動きを感じます。
ISSJでは、養子縁組終了後のアフターケアにも力を入れております。手続き完了は法的に親子関係の完成であっても、本当の意味での親子関係はむしろ始まりであり、今後にわたって続くものだからです。
ケース事例 - タイのNon-Relative Adoptionのケース
T夫妻(日本人夫とタイ人妻)は、妻の友人から生後2ヵ月の男児Aを預かりました。子どもの実母はオ−バ−ステイで正式な結婚ではないため、子どもはISSJに来るまで法的に何の登録もされていませんでした。夫妻には、自分達の子どもがいません。子どももすっかりTさん夫妻に馴染みました。そこで彼らは実母に養子縁組のことを話し、了解を得て手続きの方法を探し始めました。地元の役場、家庭裁判所、タイ大使館を回ってISSJにたどり着きました。
ISSJは、まず実母と子どもをタイ大使館に連れて行き、子どもの「出生届」をし、子どもを養子縁組に出すことを承諾していることを実筆で書いてもらいました。その後タイの法律に則って必要な書類を揃え「家庭調査書」「児童調査書」をタイの養子縁組センタ−へ提出しました。
子どもの安全と保護のために行う養子縁組援助過程で、かつて妻がオ−バ−ステイで彼女の在留資格を取得するために努力し、経済的には豊かでなくとも懸命に生きてきた二人の姿に触れることになりました。特にT自身、継母に育てられ、異母兄弟とは別 扱いを受けながらも決して恨むことなく生きてきました。しかし、Aにはそんな思いはさせないと手続きに積極的でした。
ISSJからタイへ2回の児童適応調査書を送付した後、T夫人はAを東京の友人に預け、単身タイへ帰国しました。彼女は、タイの養子縁組センタ−に寄り、指導を受けて子どもの住民登録を済ませました。また、実母を連れてセンタ−で「承諾書」に署名してもらい、正式な書類にして帰国しました。そして、Aは、養父母のもとにもどり、保育園生活を再開しました。ISSJソ−シャルワ−カ−はT夫妻に案内してもらいAの通 う保育園へ行き、先生から子どもと彼らの様子を聞き、第3回の報告書をタイの養子縁組センタ−に送りました。彼らがISSJを訪ねてから5年目にタイから最終的な「承諾書」がISSJへ届きました。現在は、Tの戸籍にAの養子縁組が記載され、次は、子どもの日本での在留取得と帰化の手続へと進んでいきます。
T夫妻は念願かなって一戸建てのマイホ−ムを手に入れ、Tの父は、時々訪ねてきてAのおじいちゃんの役をするようになりました。Tのやさしい愛情の中でAは養育され、元気で学校に通 っています。
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