国籍問題に関する民間支援団体の今後の課題
ISSJスーパーバイザー 大谷リツ子
 

 

国籍に関する問題

ISSJは昨年全国の児童相談所および民間の外国人支援団体を対象に無国籍、未就籍、外国籍の子どもの調査を行いましたが、まとめていくうちに、情報不足のため無国籍あるいは未就籍となっているケースが数多くあることが分かりました。 例えば、出生届がされていないために国籍取得手続きを開始できないケースや、外国人登録をしたことによって国籍を取得したと思っているケースもかなり多く見られました。また、無国籍である理由として、国籍取得手続きを知らなかったり、親の怠慢、さらに書類の不備や、手続きに必要な出生証明書が医療費未払いのため医師から貰えなかったり、あるいは自宅出産のために出生証明書がない場合もありました。さらに、実母と婚姻関係にない父親が認知したことで父と同じ国籍が取れたと思っているケースもありました。子どもの出生前に認知するいわゆる胎児認知をすれば父親の国籍が取れますが、出生後認知をしても自動的に父の国籍は取れません。

「世界人権宣言」では「すべて人は、国籍を持つ権利を有する」と規定しております。また、「児童の権利に関する条約」第7条でも「すべての児童は、国籍を取得する権利を有する」とうたっております。しかし国籍はその人の本国政府によってのみ与えられるものです。他国の者(たとえ政府であっても)が勝手に他所の国籍を与えることは出来ません。日本の国籍法は血統主義を採用していますが、父母ともに知れないとき、または父母ともに無国籍である場合は、日本で生まれた子どもに対して日本国籍を与えています。国籍はその国の法律によって取得方法が異なりますので、きちんと調べた上で対応しなければなりません。


民間支援団体の役割

親の怠慢で国籍取得の手続きをしないと思われる場合も、事実はオーバーステイの発覚を恐れて動きが取れないでいることもあります。地域社会で生活している外国人の未婚の母、国際結婚家族、特に夫婦とも外国籍の場合や一方がオーバーステイの夫婦は、生活が不安定、経済的困難、生活環境の悪さ、子どもの就籍、教育、在留資格や国籍取得の困難など、多くの不安と困難を感じながら生活しています。例えば、児童相談所を通 して施設養護されている子ども達は保育園、幼稚園、あるいは小学校、中学校、高等学校と教育の場は保障されております。しかし、ISSJの行った調査では、民間支援団体が把握している家庭にいる子どものうち、小・中学校在学生は養護学校も含めて該当児のうち1/3のみになっています。このことは、義務教育学齢期の2/3近くは、未就籍のためか、オーバーステイの発覚を恐れるためか、教育委員会に就学の届けを出さずに教育を受けていないとも考えることが出来ます。これは、「児童の権利に関する条約」第28条に明示されている子どもの「教育を受ける権利」の剥奪ですので、まず親を支援して早急に対策が講じられなければならないことの一つです。この施設外で生活している子ども達の生活環境についてはさらに実態を知り対策を検討し、適切な対応が必要と思われます。このことから異文化社会で不安定な状況で生活する家庭が崩壊しないように、親と子どもをサポートするISSJのような民間支援団体の今後の役割は大きいと考えられます。

また、施設入所中の子ども全てにいえることですが、その中でも特に年齢の低い子どもについては、国籍問題を整理しながら親元に戻れる子どもは親元に、それの出来ない子どもは国際養子縁組、あるいは里親家庭に委託して、「児童の権利に関する条約」の前文に明示されている「子どもの家庭で成長する権利」を守ることは、「施設より家庭養護」をという世界の流れを考えてみても、今後考慮しなければならない点だと思います。

今後、公的機関、民間支援団体は互いに情報交換をして子どもを無国籍の状態におかないための対策についての知識を習得する必要があります。また現行の国籍法の枠内での問題解決が不可能な項目があるとするならば、その改正が子どもの権利保障のために必要であることを、子どもの国籍問題に関わる機関、団体は強く主張しなければなりません。

在日外国人単親家族、国際結婚夫婦、国籍を異にする子ども達と家族の中には、非常に不安定な状況に置かれている人々がいるという現実をこの調査で認識することが出来ました。それに対して公的機関も民間支援団体も今後何をなすべきかを真剣に検討することが、異文化の人々との共生をせまられている日本社会での我々の新しい課題でありましょう。

 


 


 ISSJでの国籍取得援助ケース

ISSJに日本人男性から電話があり、2人の子どもがいるが、パスポートが取れないで困っているとの相談を受けました。よく話を聞いてみると、子ども達の実母はフィリピン人女性ですが、男性とは正式に結婚しておらず、1年前に家を出たまま行方不明であるとのことです。実母は子どもが生まれた際に日本の役所へは出生届を出しましたが、オーバーステイであったため捕まることを恐れてフィリピン大使館への出生届はしませんでした。

日本人男性は上の子どもが就学年齢に達したことから、役所で就学手続きについて相談したところ、パスポートやビザがないことを指摘されました。そこでフィリピン大使館へ行き、出生届を出してパスポートをもらおうとしたところ、男性は実母と婚姻関係にないため、「男性では出生届を出すことはできない、できるのは実母だけ」と、言われ、男性は子どものフィリピン大使館への出生届と在留資格取得の援助をISSJへ依頼しました。

まず、ISSJは実母の行方を捜すために、在日フィリピン人向けの雑誌や新聞に「尋ね人」の広告を掲載しました。同時にフィリピンの社会福祉開発省(Department of Social Welfare and Development=DSWD)に、実母が残した出生証明書にあった実家の住所を尋ねて調査してくれるよう依頼をしました。3ヵ月経ちましたが、尋ね人広告に対する返答はなく、またDSWDからの返答も「その住所には実母の家族は住んでおらず、現在の居所は不明」という返事がかえってきました。それらの事実をもとにISSJのソーシャルワーカーはレポートを作成し、フィリピン大使館へ子どもの出生届を父親ができるように依頼しました。

何回かの話し合いを経て、フィリピン大使館で子どもの出生届とフィリピン政府に対する父親の子の認知を行うことができました。その後、父親は入管に行き、子どもの在留資格をとる手続きをしました。1年間、毎月1回父親は入管へ行き、ようやく2人の子ども達は在留資格を取得することができました。それにより、フィリピン大使館からパスポートが発行されました。




 国際養子縁組における国籍問題援助ケース

ISSJが設立以来、主な活動として行ってきた国際縁組の援助の中でも国籍に関する問題を解決しなくてはならない場合があります。日本において多くの外国人達が生活するようになり、今まで考えていなかった問題のある生活環境の中で生活している外国籍の方々が多いことが、ケースを通 してみえてきます。現行の法律や国によって異なる法体制のために問題の解決を複雑にしたり、また全く不可能にする場合もあります。本来、私達を守るはずの法律が逆に大きな壁となってしまい力の限界を切実に知らされます。我が国の国籍法が生地主義を取っていないため日本で生まれ、日本で教育を受け文化的には「日本人」であっても、「外国人」から生まれれば「外国人」となってしまうのです。


アジアの国の国籍をもつ女性が子どもAを出産しました。未婚で実母自身が未成年者であり、実父は日本人です。実母の両親も長年日本に滞在し、日本の役場で婚姻届を受理されていますので日本では正式婚姻をしていますが、その届出は本国にしていませんでした。しかし、日常生活に何ら支障はありません。

実母は4人兄弟の末っ子、上の兄弟は皆男の子で両親は他の子より一番この実母を可愛がり、彼女へ大きな期待をかけていました。 実母は高校を優秀な成績で卒業した直後、ふとしたことから実父と知り合い、関係を持ち妊娠しました。両者は結婚の意思はなく、実母はまさか妊娠するとは思わなかった、「魔がさした」と表現するのでした。実母が妊娠を知ったのはすでに7カ月の時で、妊娠を知ると実父は彼女の前から消えて行方不明となりました。実母の母親は娘が未婚の母になることは、彼女の将来の大きな障害になると考え中絶を望みました。それが不可能と分かるると、生まれてくる子の就籍をかたくなに拒み、「娘は妊娠などしていない。子どもなど生まれてこないのです。」とこの現実を受け止める心の余裕もなく、懸命に生まれる子の存在を消し去ることに心を注ぎました。

ISSJのワーカーによる再三の説得にもかかわらず、就籍を強く拒否し続け、子どもの名前を考えることもなく養育する意思もなく、生まれる子の「人権」など冷静に考えることなど期待できませんでした。実母はAに愛情を示すこともなく、養子に出してほしいと告げ、病院にAを残したまま退院し、Aは児童相談所により乳児院に措置されました。

大使館にAの出生届をすることの必要性を説得し続ける中で、大使館を通じ実母の両親の戸籍確認をしている過程で、両親の戸籍すらないことが分かりました。両親の「就籍」を本国の裁判所を通 してしなければいけないこと、そしてこの手続きには弁護士や証人として両親を知る人々(知人、友人、隣人等)の協力が必要であることが分かりました。日本語を母国語として日本で長年生活をしてきた「外国人」の両親が、本国で、就籍のために協力者を探すことは難しく、また現況で事実上何らの不便もなく生活できていた両親にとって、孫のために就籍手続きに時間と費用を費やして始める意思など全くありませんでした。

ISSJでは、このような現状におかれた子どもの国際養子縁組が可能かどうかの調査を始めました。養子縁組後、旅券なしで日本の国から出国でき、養親の国に入国可能かどうか等、各関係政府機関に連絡し事情を説明し、彼らの協力を求めた結果 、可能であることが分かりました。子どもを受け入れる国があれば、国際赤十字から子どもの片道渡航許可書が発行され、養子縁組終了後、養子は養親と共に日本を出国し、養親の本国に移民として入国できるとの確証を得たのです。障害のないことが分かって、ISSJは「未就籍」の子の養親家庭への委託に踏み切りました。確約は得たものの、本当に全て完了するかという大きな不安を抱いての決断でした。しかし、母や祖父母などに拒絶されたAが、18歳まで施設で生活できたとしても、その後の子どもの長い人生を考える時、我々として、このような決断をさせざるを得ませんでした。

幸い養子縁組は家庭裁判所で許可され、無事完了しました。養子が養親ともども日本を出る時は、ISSJではAの「旅券」を持って出国させてやりたいとの強い思いがあり、再度関係大使館に働きかけを始めました。その結果 、特例としてAの単独戸籍をつくり、「旅券」が発行されました。養親の本国で直ちにAの帰化手続きをし、養親と同じ国籍を有する国民として、遠慮することなく胸をはって生きる道が開けました。