「イタリアにおける条約難民及び庇護申請者等
に対する支援状況調査」参加報告![]()
ISSJソーシャルワーカー 細井純子
2007年11月11日〜18日、(財)アジア福祉教育財団難民事業本部主催の調査でローマとランペドゥーサ島に行ってきました。調査団は難民事業本部、アムネスティ・インターナショナル日本、ISSJの各職員と現地通訳の4名であり、内務省を始めとする官公庁からNGOに至るまで14ヵ所を訪れました。ここではイタリアの「難民認定手続き」と、ランペドゥーサ庇護申請者施設についてお伝えしたいと思います。なおこの調査についての詳細は調査報告書が出ますので、そちらをご覧ください。
日本に来る外国人は大抵、空路で入国してきますが、イタリアの場合は空路だけでなく陸路や海路でも入国してきます。2006年の海路による難民申請者は全体の50〜60%に及びました。難民認定手続きですが、申請者に対して、まず地方警察による形式審査が行なわれます。そこで身分が確認できる人は「通常手続き」(合法入国20%)に、確認ができない人は「簡易手続き」(不法入国80%)に進みます。前者はそのまま「地方自治体難民及び庇護希望者受け入れネットワーク(SPRAR)」による支援を受けることになります。後者の「簡易手続」の場合は「初期保護センター(CPA)」(滞在は申請してから20日以内)を経て次のプロセスに進みます。
今回訪れたランペドゥーサ島にある施設はCPAでした。難民申請をしない人は「一時滞在センター(CPT)」に5〜60日間滞在後、国外追放となります。その時、「追放命令後の申請」で認定されれば上陸許可を受けることができます。入国後、難民申請をする者は地方委員会から調査と判定(難民認定、人道的保護、難民不認定)を受けます。地方委員会は全国7ヶ所に4人ずつの2グループがあり、委員は @委員長:内務省代表 A警察幹部 B地方行政代表 CUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)代表から構成されています。「難民認定」または「人道的保護」の判定を受けた人は上陸が許可されます。また地方委員会で不認定を受け、「異議申し立て」をして認定され上陸許可を受ける人もいます。
上陸を許可された人はSPRARのネットワークで支援を受けますが、その人数は2007年で7000人程と見込まれており、これは全体の50%にあたります。残りの50%はアフガニスタン難民のように路上生活者となっていきます。SPRARは内務省管轄の一組織であり、監督役を担っていますが、そのネットワークは公共団体が主体となり、地方団体が参加を希望して自発的に参加します。SPRAR下の実務はANCI(市の団体)を通して各市が行っていきます。SPRARの年間予算は、国庫から2200万ユーロ、欧州難民基金から200万ユーロ、特別予算で850万ユーロが出ています。
次にランペドゥーサ島の話しになりますが、この島は地中海のペラージェ諸島にあるイタリアの島で、島の長さは9km、幅は1.5km程あります。シチリアからは205km、チュニジアの海岸からは113kmですので、リビアからのボート・ピープルが多く来る島でもあり、今年だけでも住民の倍に及ぶ11,700人のボート・ピープルがすでに到着しています。彼らの出身国はアフリカのエリトリア、象牙海岸、トーゴ、エチオピア、スーダン等であり、ボートに乗りリビア経由で入ってきます。リビアから要したこれまでの最短日数は1日半から2日、最長日数は19日でした。実際、自力で到着するボートは少なく海上警察(Coast Guards Headquarters)が海での人命救助を行っています。2005年には長さ20mの一隻の船に475名が乗っていて救助されたこともありました。島にはまた財務警察(Tax and Customs Police) があり密輸を取り締まると共に不法移民の確認及び救助、背景捜査を行っています。
ランベドゥーサ島の港にて、
UNHCRの男性職員と
この島にはCSPAと呼ばれる救助及び第一段階受入施設があり、保護される人の四分の一が難民申請をしています。彼らは港から施設に到着すると健康診断やボディチェックを受け、身元供述を行います。また掌と手の指10本の指紋採取や顔写真撮影がなされ、これが欧州共通のデータベースに記録されます。関係者はこのデータベースに照合することで、一人物のそれまでに至る経歴(例えば過去に入国したことがあるかどうか、犯罪歴があるかどうか)が分かることになります。もし、その人に犯罪歴があればその場で逮捕され、国家警察は司法警察の役割をすることになります。入所者は来るとすぐに部屋があてがわれ、キットと呼ばれる生活用品一式が支給されます。この施設は内務省管轄のものですが、入口近くにUNHCR、赤十字、IOM(国際移住機関)が事務所を構え、その経費は内務省が負担し、運営は民間団体に委託されています。施設の性質上、入所者の滞在日数は短いものですが、入所したばかりの若者たちが職員とサッカーを楽しむ光景は日本では想像できないものでした。そして、サッカーに興じていた入所者がその翌日、施設を退所して行きましたが、現地UNHCRの職員の計らいで、私たちは埠頭で彼らがシチリア行きの船に乗るところを見送ることができました。屈託なく笑い、こちらに手を振る彼らを見て、今後彼らがたどる人生を思うと、虚しさが胸を過ぎりました。そしてUNHCR職員男性の一人が”囁いた”What I can do・・・almost nothing”という言葉が非常に印象的でした。
矢印の所がランペドゥーサ島
今回、訪問先では高級官僚からボランティアの人に至るまで多くの人たちに温かく迎えていただき、そして約束の時間を押してまでもインタビューに応じてくださり、今もって頭の下がる思いでおります。そして帰国後すぐに、イタリア内務省のホームページのトップページに「日本から調査派遣団来訪」と載ったのには驚きでした。今回の訪問に関わってくださった国内外の関係者の皆さまに心からお礼を申し上げます。