アイルランド難民事情
![]()
ISSJ 事務局長 平野忠雄
(財)アジア福祉教育財団難民事業本部主宰の海外(アジア・アフリカ・欧米)における難民保護の現地調査の一環で、今回アイルランドを調査団の一員として訪問する機会を得たので、その概要を報告する。
2006年8月20日から27日の期間、難民事業本部とNGO等の3団体から編成された現地調査団は、首都ダブリンを中心にアイルランド政府法務省難民受入れ・統合庁、モズニイ庇護申請者居住施設、司法扶助委員会、東部地域健康サービス執行機関、国際移住機関、難民受入れ・定住支援に関わるいくつかの主要な民間団体を訪れた。
まずアイルランドとは、人口約413万人、首都ダブリン116万人、国土面積は北海道とほぼ同じであり、緯度は53度付近で樺太の北に位置する国である。国民一人あたりのGDPは日本より高く、1990年以降、積極的な外資誘致政策を取り入れ、ハイテク産業等を中心に著しい経済成長を遂げた。しかし、米経済減速の影響を受けて、経済成長率は2001年後半から鈍化している、近年再び上昇する兆しを見せている。アイルランド系移民は全世界に7,000万人以上(米国に4,200万人、その他英国、オーストラリア、ニュージーランド等英語圏を中心に分布)のアイルランド系移民を通じた影響力は大きい。
次にアイルランドにおける難民政策、受入制度、難民支援などについて、その概要を記す。1956年に難民の地位に関する難民条約に加入した。条約加入後、アイルランドは、1956年にハンガリー、1973年にチリ、1979年以降はベトナムなどから国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)のプログラムに基づき海外から難民を受入れたが、アイルランド国内において庇護を求める者はほとんどいなかった。1996年難民法が施行された2000年を境にアイルランドの難民政策は大きく変わっている。第一は、庇護申請手続の審査機関が変わった点である。2000年以前は法務省が所管していたが、難民申請コミッショナー事務所、異議審査を難民不服申立審判所と称する独立した第三者機関が所管するようになった。第二に、庇護申請者の就労を認めなくなったことである。
アイルランドは、1998年、正式にUNHCRの第三国定住プログラムを導入した。受入れ枠は毎年10件であったが、2005年、受入枠を200人に拡大した。アイルランドで庇護を求める者は、アイルランド警察または難民申請コミッショナー事務所で申請を行う。最初のインタビューは、難民申請コミッショナー事務所の担当者によって行われている。最終的には法務大臣が勧告に基づき庇護の付与の是非を決定する。法務大臣は、庇護を付与しない者について、人道的配慮に基づきアイルランドに受け入れるか否かの裁量権も有している。
ダブリンのNPOでの打ち合わせ
庇護申請者は、申請中、実質的に法務省難民受入れ・統合庁が所管する全国に54ヵ所ある居住施設に入所しなければならない。調査団が訪問したモズニイ居住施設では、食堂で三食が提供され、英語教室、トレーニングセンターなどが完備されていた。庇護申請者には、大人週19.10ユーロ(約2,900円)、子ども週9.60ユーロ(約1,400円)の生活費が支給される。1999年7月26日以降、申請者の就労は認められなくなったが、ボランティア活動は認められている。医療については、医療カードを取得した申請者に対して、無料で医療サービスを提供している。その他、庇護申請手続の全過程において、難民法律サービスなどが、申請者に対する法的支援を行っている。
アイルランドは、難民を含む外国人に対する特別な定住支援プログラムは提供していないが、難民認定者及び人道的配慮に基づき受け入れられた者は、社会保障、就職、医療などについて、アイルランド国民と同等の権利を有している。
難民認定者及びプログラム難民の支援策及び彼らに提供するサービスの計画は法務省難民受入れ・統合庁が所管しており、関係機関と連携して実施している。医療や就学においては庇護申請者と同様の支援内容となっている。英語の上達を希望する者は、アイルランド定住語学トレーニングが提供する無料の英語教育を受けることもできる。
現在、大きな問題となっているのは住居の問題である。アイルランドへの受入れが認められた後、難民認定者等は、一定期間内に居住施設を退所し、自分で住居を探さなければならない。社会福祉事務所、NGO等の支援を受けることができるが、差別の問題などにより、住居を見つけることが困難な状況にある。