年長の子どもの国際養子縁組の援助について


ISSJ スーパーバイザー
ISSJは設立以来、国際養子縁組の援助が主たる活動の一つとなっています。国際養子縁組というのは、養親と養子の国籍が異なる養子縁組のことです。我々は、養子縁組という手段をつかって子どもの福祉を守るという理念で、様々な理由で実親と生活が出来ない幼児・児童の将来の生活設計を考える時、実親に代わり家庭を与えてくれる「外国人養親」への委託をしています。しかし一方で、日本で日本人の子どもとして生まれた子どもは、日本人家庭に委託することを優先させるのが好ましいという考えがあります。日本人の子どもは、同じ日本という文化圏の中で国籍を同じくする日本人家庭に委託するという考えです。


家族でいるって楽しいよ〜
ISSJに国際養子縁組が可能であるとして照会される子どもは、日本国内で日本人家庭への委託が年齢あるいは生育歴のために不可能な子どもであったり、すでに日本人夫妻に委託されたが不幸にも不調に終わり、施設に戻された子ども達です。現実的には、このような子ども達の里親、養親になりたいという日本人家庭の数も少なく、施設に生活する子ども達が日本人家庭に委託される数は多くはありません。これら子ども達はすでに6〜7歳になっています。いたずら好きの子ども、元気過ぎる子ども、親の言うことに従わない子ども、また、里親委託されたが、愛されているという実感がないまま日々を過ごし、里親がペットを可愛がる様子を見て、愛されるためにはペットになれば良いと考え、鳴き声から動作までペットを真似た子どももいました。委託が不調に終わるのは、何が原因なのでしょうか。原因がどこにあるにせよ、結果的に子どもの心にトラウマを残すことは明らかで、この様な実態を知るにつけ、私たちは心を痛めていました。私たちの見解からすると、子ども達には何の問題もなく、どちらかというと、親側に親となることの認識と準備が十分ではなかったと思っています。

この現実を知ることで、ISSJは生育歴に問題があったために情緒的に不安定な子、あるいは年齢の高い子、つまり「委託の難しい子」のために国内在住の外国人夫婦に加えて、広く「特別なニーズを持つ子」を養子にすることが出来る国内外在住の養親探しに踏み切りました。ISSJは国外の福祉機関に連絡し、我々の趣旨を伝え、親探しを依頼しました。福祉機関も我々の趣旨を十分理解し、何回かの連絡の結果、両国で賛成できる、手続きの同意が成立し、具体的に動き出すことが出来ました。そして過去数ヵ月間に、この機関から紹介された家族に7歳の男児1人と、5歳と6歳の兄弟2人を養子縁組の目的で養親の住む国に送り出すことが出来ました。また、国内在住の外国人夫妻に9歳になる男児の委託も行いました。
 

僕のパパとママ 大好きだよ!
2人の兄弟は、日本人父母の婚姻中に生まれた子どもです。両親の離婚で、実母が親権者になることを拒否したため、父親が親権者となりました。親権者であった父親が手のかかる下の子を、まず児童相談所を通して乳児院に預け、その後、上の子を連れて他県に転居後、働くために子育てが無理になったため、児童相談所を通して上の子の措置を依頼しました。父親が異なる県内で措置依頼をしたため、2人の兄弟は別々の施設に委託される結果となり、その後父親は病気で亡くなりました。この2人の間に「兄弟」としての認識と人間関係は作られていませんでした。親権者・父親は自分の生活を保持することに精一杯で、子どもの躾まで手が廻らなかったため、子ども達ははなはだしい社会性の欠如が見られました。児童相談所や施設の職員も国際養子縁組に賛成をしていることから、死亡した父親の兄弟の中で後見人を家裁で選任し、その後見人の承諾をもって法的な養子縁組を可能にし、そして、外国人夫婦に委託することが出来ました。

養親の国に渡った後、何ヵ月かの適応期間中に福祉機関から送られてくる報告書で、子ども達が精神的・心理的・情緒的・身体的に如何に成長しているか、そして、養親との間にいかに親子の絆が築かれていったか等の過程を知る時、離日前の子ども達の様子を知っているだけに私たちはほっとしました。そして、子ども達の写真で彼らの表情から、家庭の中で安心しているということを知り、国際養子縁組に送り出して良かったと心から思いました。

また、国内在住の外国人夫妻に委託した9歳の男児の適応も簡単ではありませんでした。この9歳の男児は他に数人の兄弟がいるが、何故か母親が「この子」だけは愛せないと出産直後から養育を拒否し、乳児院に措置をされました。時々、週末に家に引き取りましたが、この子だけに虐待を続けました。子どもは「お母さんは何故僕だけをいじめるのだろう」と疑問を抱き、母親は「この子が良い子過ぎるから憎らしい」と思い、家庭内で、複雑で緊張する母・子関係のため、9歳になるまで施設が生活の場になっていました。施設では、小さい子の面倒見が良く、社交的でリーダーシップも取れる子どもであるが、常に自分自身を自由に表現できない生活でした。養親家庭に引き取られて、「蜜月」が終わる頃から親の愛を確かめる行動をとるようになりました。親は、あるときは爆発しそうになる感情を抑えつつ、この子の行動を理解し、ありのままに子どもを無条件に受入れました。徐々に躾をするなかで、どうしても許されない行動をとった時には、感情的にならず、親も本音で「おこった」。正面から向き合った親の態度に子どもは、親の愛を感じ取り、これを境に両者の間で強い信頼関係が築かれ、全面的に子どもは親を受入れました。子どもははっきりとした言葉で「僕はずっとこのままこの家の子になりたい」と養親に伝えました。この三人の家族はすでに日本を離れています。

 ISSJは、完璧な養親を求めてはいません。しかし、少なくとも、あるがままの子どもを、無条件に受入れ、子どもの人格、人権を認め受入れてくれる養親を求めています。