もう一つの国際養子縁組援助
- 自分のルーツを求めて実親との再会 -
ISSJ スーパーバイザー
半世紀にわたり国際養子縁組の援助をしてきたISSJは当然のことながら養子になった子ども、あるいはわが子を手離した実母から「再会の援助」の依頼を受けます。互いの存在を常に意識し、近況を知りたいと思い、またできれば会うことを希望しています。ほとんど養子から実母捜しの依頼を受ける場合が多のです。
養子が実母捜しを決断する時は何かのきっかけがあると思われます。彼らの生活の中に変化が起きた時――養親の死、養子の結婚、あるいは、彼ら自身が子どもを持ち親になった時――です。長い間疎遠になっていた人を捜す時、当事者の戸籍が大変役に立ち、日本の戸籍制度はすばらしいものだとつくづく感心させられ、一方、外国人を捜す場合はほとんどその手段がなく困難です。残念なことに沖縄が日本に復帰した1972年以前に沖縄で国際養子縁組が終了したケースについてはその事務所を閉鎖する時、全ての書類を破棄処分したということで、養子のルーツを辿ることは不可能になっています。養子に対して気の毒であると痛感しています。なぜなら養子が生まれてから、養親と新しい生活に入るまでの「生きた歴史」が空白であり、永久に不明のまま生活を続けなければならないからです。ほとんどの人は出生した時から父親と母親、またはきょうだい、祖父母,友人らとの関わりの中で彼らと共に生活しつつ成長しています。もし生まれてから、誰とどこで、どのような日々を過ごしたか全く不明な期間があったとしたら、その人はどのような思いを抱くか想像していただけますか?そして、今まで当たり前だと思っていたことが、どんなに大切で何にもまさる宝物であり、感謝で受け止めなければいけないのだということを知る一つのチャンスとなったらありがたいと思います。ISSJはこのことを十分に認識し、古いケースを一番大切な財産として今まで扱ったケースを保管しています。
養子から実母捜しの援助が増えてくると、養子縁組の終了はいつになるかと考えさせられます。ISSJは家庭調査を行い、一方わが子を手離したいと考える母と面接を重ね、彼女の決心を確かめた後、子どもにとって最適と思われる養親に子どもを委託し、親子の適応が健全な形で形成されているかを見極め、家庭裁判所に養子縁組の申立てをし、法的な関係が親子の間に成立すればISSJの手続上の援助が一応区切りとなったとしています。しかし、養親には養子がルーツ捜しを求める時、養子の気持ちを大切に子どもの希望に添って支えて欲しいこと、また実母には養子になった子どもが会いたいと願う時、実母が子どもとの再会を積極的に受け入れて欲しいとのメッセージを伝えています。
再会援助ケース紹介
30年、40年長い年月の過程の中で、養子が一番気にな存 在在の実母がすでに死亡しているケースもあります。養子Aは母の死を、母の死亡が記載されている戸籍謄本一通で受け止めなければならなかったのです。それから、しばらくして養子からISSJに連絡を受け、何か母につながるものがあったら、それを送って欲しいとの依頼を受けました。ISSJは何十年も前に実母と交わした自筆の手紙を全て養子に送りました。セピア色に変わった便箋に残る母の筆跡が、母の死を身近に経験することが出来なかった養子にとって、何にもまさる母からの遺産でした。養子からの全てのメッセージは、母の死を現実に受け止めることに心を悩ませ、苦しんでいる様子が伝わってきました。さらにある期間が経過して養子は、母親のきょうだいと連絡を取りたいと考え始めました。ISSJは弁護士の援助を得て、養子の親戚を捜し連絡を取ることができました。彼らの間に文通が始まり、養子は母に関するどんな小さな情報でも欲しいと自分の気持ちを切々と彼らに伝え、現在情報を集めている最中です。
ISSJは養子がISSJの推薦する養親と同居を始めたときから、いや実母が養子縁組を決心したときから、将来養子はアイデンティティーの問題を抱えることを踏まえ、その重大さを理解しての援助をしなくてはならないと思っています。
(このケースは、日本自転車振興会の補助金で行われました)