「あえてよかった!!」 −ISSJ呉親睦会報告−
「元気じゃったん。かわっとらんね。話し方も昔のまんまじゃあ。」年齢は早くも50を越え、頭髪に白いものが目立ち始めている人、体脂肪がぐんとついてきている人、苦境にいる人、それを乗り越えた人達、その苦労も一時忘れ、国際児たちは、顔を合わせたとたんに、たちまち往時の年に戻り、当時あこがれていたお兄さんやお姉さんと会えた感激もあり、呉弁の口調で話が弾み始めました。一人っ子の多い国際児のために、呉市、ファーガソン募金記念委員会、オーストラリア政府など数多くの団体や個人からの浄財を受けて、集団生活に慣れさせるという教育もかねて、昭和37年よりISSJ呉事務所主催のサマー教育キャンプやクリスマス会など諸々のグループ活動を開催しておりました。子ども達は金銭的に恵まれていなかったり、容姿の違いからいじめを受けるなど、心理的にも大変な苦境を負っていた状況の中で、ISSJ呉事務所のグループ活動に参加することは、自分のおかれている境遇を話さなくても相互理解が出来る仲間がいることの存在は、身寄りの少ない彼らにとり、家族のような心の温もりを感じ、自立していく上で大きな励みや自信に結びついてきたように思われます。
さて、親睦会は7月11日『ビューポーとくれ』において、昭和38年より子ども達の父親役として、長年親身にサポートしてくださっている福田昭二ご夫妻よりご寄付と乾杯の発声をいただき、開会しました。また、東京から大槻常務理事と大森事務局長も参加し、国際児の交流の輪を強めることができました。
就職や結婚など呉から離れる人も多くなり、国際児だけで集まる機会が少なくなり、「みんなどうしてるんかね、いつかまた会いたいね」が、いつしか合言葉となっておりました。そんな中、熊本に在住しているA君が、高校の陸上部の同窓会に出席するため広島に帰るから、そのときみんなに会いたいとの願いを受けて、急遽、親睦会を開くに至りました。彼もすでに両親はなく、多くの子ども達がそうであるように、ISSJ呉事務所や国際児の仲間が何者にも替えられない心の拠り所であり大切な家族だったのです。(今、彼は熊本で奥さんと国際人の育成に力を注ぎ、英会話スクールを経営しております。)
親睦会がこのように急に決定し、しかも平日にもかかわらず、遠路はるばる家族連れで参加してくれたり、仕事帰りに参加してくれた人など28名が集いました。事務所側が用意した思い出のアルバムを家族や友人と共に見たり、近況報告や昔話で笑い声の渦があり、大いに会が盛り上がってりました。時間がとれなくて参加できなかった人もおりまし、もっと早くISSJの行事に参加しとけばよかったと述べてくれた、初参加の人もいました。この会で友情の絆がまた一段と深まったように感じました。会は瞬く間に過ぎ、大槻常務理事の閉会の言葉で、「また必ず会いましょう、それまで健康に気をつけようね。」と、名残りを惜しみながら親睦会の幕を閉じました。
ISSJ呉は長い月日を越えても国際児の心の拠り所です
当日、オーストラリアのテレビ放送局の取材もあり、8月に会の様子などがオーストラリアのテレビで放映されました。その反響は大きく、オーストラリアよりEメールやFAXなどで国際児に関する所在調査の依頼などの照会も寄せられています。
最後に参加者からの礼状を御紹介いたします。「(略)先日は大変楽しく懐かしい時間が過ごせ、大変感謝いたしております。先生には何かとお世話をおかけし家族一同申し訳なく思っております。ISSJのご支援でそれぞれの路を歩んできた皆も立派に大人になり、自分なりの人生を切り開いてきたことを共感しながら語ることが出来ました。これからは自分たちが受けた恩をそれぞれの方法で社会に還元してゆくことの大切さを改めて感じました。(略・・)暑さの折、体に気をつけて下さい。またお会いできるように楽しみにしています。」